男性の自殺者数は女性の3倍だということをご存知でしょうか?コロナ禍で女性の自殺者数の「増加」が注目されていますが、人数としては男性の自殺者数の方が多いのです。
そこで今回は、なぜ男性の方が女性よりも自殺者数が多いのか、またどうすれば自殺予防できるのかについて説明していきます。
男性の自殺者数は女性よりも多い
全国の自殺者数が11年ぶりに増加した2020年、女性の自殺者数は前年より935人 (15.4%) 増えて7026人でした。その一方で男性の自殺者数は、前年より23人 (0.16%) 減って14,055人だったものの、その数は女性の2倍もありました。
このように男性の自殺者数が女性よりも多いのは2020年に限ったことではありません。警察庁の統計で確認できる1978年から2021年まで常に男性の方が女性よりも多くなっており、1997年からは常に男性が女性の2倍以上となっています。
さらに、この傾向は日本だけのものではありません。例えば、アメリカでは2000年以降、男性の自殺者数が女性の3倍以上ですし、さらにヨーロッパ・南米・アフリカ・中東など、ほとんどの国で男性の自殺者数が女性の2〜3倍となっています
(※中国は例外で、女性の自殺者数がやや男性を上回っています)。
なぜ男性は女性の3倍も自殺するのか?
では、なぜ男性は女性の3倍も自殺者数が多いのでしょうか。
考えられる理由を「厚生労働省 (以下、厚労省) が発表していること」「主に統計から読み取れること」「専門家の見解」に分けて説明していきます。
厚生労働省の資料からわかる「男性の自殺が多い理由」
まず、厚生省が発表していることから見ていきます。2016年に発表された『自殺の状況をめぐる分析』では、「経済・生活問題」を原因・動機とする自殺ではその多くが男性によるものだということや、景気動向指数の増減と「経済・生活問題」による男性の自殺者数の増減には、負の相関関係があることが指摘されています。
実際、98年ショックやリーマンショック (2008) のように景気とともに雇用状況が悪化した際、男性の自殺者数が前年よりも増加しています。
各種統計から読み取れる「男性の自殺が多い理由」
次に、主に統計から読み取れることを見てみましょう。小森田龍生「2000年代の高自殺リスク群と男女差」(2013) では、男性の自殺原因や動機について以下の点を指摘しています。
原因・動機別では、男性は女性に比べて、「経済・生活問題」、「勤務問題」といった経済的な要因の占める割合が大きい。
やはり男性の自殺者数が多い背景には、景気や雇用状況が直結している「経済・生活問題」や「勤務問題」が大きいことが分かります。
また、Baudelot & Establetの『豊かさのなかの自殺 』(2006, 訳2012) で述べられている男女の自殺率の差をまとめると以下のようになります。
- 自殺率を変化させる諸要因は、性差によるものではなくほぼ同様に作用しているが、労働市場で女性が軽視されて不平等に扱われているため結果に差が生まれている
- 男性の場合、1970年代後半以降の経済成長の鈍化と再編成により、この年齢層の雇用が不安定化する中で「社会生活の諸要請と個人的運命との重大な矛盾」が生じている
- 女性の場合、男性に比べて就労を要請される圧力が弱く、雇用・経済状況が悪化しても精神的な矛盾に陥りにくい
このように、不平等な社会構造によって男女の自殺率に差が生じているのです。
各専門家が分析する「男性の自殺が多い理由」
最後に専門家の見解です。男性学の第一人者である田中俊之氏は、厚労省発表の「自殺対策に関する意識調査」の結果をもとに見解を示しています。
先にその厚労省の調査結果を確認しておくと、「あなたは、悩みを抱えたときやストレスを感じたときに、誰かに相談したり、助けを求めたりすることにためらいを感じますか」という質問に対して、「そう思う」(「そう思う」「どちらかというとそう思う」の合計) と回答したのは、女性が34.7%、男性は43.4%でした。同時にその傾向は、50代の男性で顕著に見られました。
さらに、「あなたの不満や悩みやつらい気持ちを受け止め、耳を傾けてくれる人はいると思いますか」という質問でも「いない」と回答したのは、女性が11.9%、男性が21.4%でした。
田中氏はこの結果に対して以下のように分析しています。
私たちが男性に期待する〈男らしさ〉の最たるものが「強さ」だからでしょう。逆に言えば、涙は「弱さ」を象徴するものとして、幼い頃から禁じられているわけです。
「弱さ」を連想させるような感情を表に出してはいけないと学んだ男の子たちは、当然のことですが、大人になっても周囲に「弱み」を見せられなくなってしまいます。
田中 俊之「男たちが抱える『弱音を吐けない』という重い病」(2020)
さらに、「人に悩みを聞いてもらうだけで気持ちがすっきりする」という経験の不足も関係している可能性があると述べています。
「身についた自殺潜在能力」が女性より男性の方が高い
自殺研究で提唱されている理論のうち最も有名な理論の1つにジョイナーの「自殺の対人関係理論」があります。
自殺の要因として「負担感の知覚」「所属感の減弱」が高まると自殺願望を抱くが、それだけは人は防衛本能があるため自殺することができません。「身についた自殺潜在能力」という3つ目の要素が加わると致死的な自殺行動に及ぶとされています。
「身についた自殺潜在能力」とは痛みや死への恐れのなさのこと。
激しいスポーツや幼児期の虐待経験、過去の自殺未遂などで高まるとされています。
この「身についた自殺潜在能力」は、女性よりも男性の方が高い傾向があるとわかっています。
そのため、死にたいほど辛い希死念慮を抱えている人や自殺未遂については男女ともに高かったとしても、実際に自殺行動に及び死亡してしまう数は男性の方が多いのではないか、という考えもあります。
身についた自殺潜在能力とは何か?【自殺予防の基礎知識】どうすれば自殺を予防できるのか
では、どうすれば男性の自殺を予防することができるのでしょうか。
今回は「相談」という切り口で、「周りの環境」と「男性自身」という2つ視点から対策を紹介していきます。
周囲の環境の問題
1つ目は、周りの環境についてです。厚労省の調査からも分かるように、男性は少なからず相談することや助けを求めることにためらいを感じてしまっています。
田中氏が「『男性でも悩みを抱えたり、ストレスを感じたりしたときには弱音を吐いてもいい』というメッセージは、強く男性たちに訴えていかなければなりません」と語るように、無意識のうちに「男性らしさ」にとらわれている可能性があること、そしてそれを気にせずに周りを頼ってもいいのだと伝えていくことが重要なのではないでしょうか。また「環境」の中でも、相談を受ける人が「男性らしさ」にとらわれないことも大切ですね。
男性自身が「男性らしさ」にとらわれている問題
2つ目は、相談者自身についてです。相談する側が「男性らしさ」にとらわれていることを自覚し、少しずつでも周りを頼っていくことが鍵になります。なぜなら、どれだけ周りの環境が変わっても、本人が周囲の人を頼れる状態でないとずっと悩みやストレスを抱えたままになってしまうからです。必ずしも人に相談する必要はありませんが、苦しい状況から脱するひとつの手段として「相談」があります。
また精神科医のTomy氏は、状況に応じて柔軟に対応する力を養うために精神科医療の現場で行われる「認知行動療法 (CBT)」を元にしたトレーニングをおすすめしています。
CBTは、考え方のゆがみや偏りを洗い出して、実際に変えていくための行動を起こす治療法です。本当は医療機関で医療スタッフがついて行うのですが、自宅でも簡単にできることがあります。自分がつらいと感じていることを、とにかく紙に書き出すのです。(中略) 書いた文字を後から見ることで自分にフィードバックされ、「自分はこんな考え方をするのか」と、客観視することにつながります。あるいは、日記を書くだけでもいいですよ。日付と、感じたことと、できればそのシチュエーションも具体的に書くことがポイントです。
このように周りの環境と相談者という2つの方向から対策していくことで、男性が感じる「相談しづらさ」を徐々に解消していけると考えられます。
社会のステレオタイプに縛られないように
さて今回は、男性の自殺者数が女性の3倍も多い理由や背景などについて説明してきましたがいかがでしたでしょうか。この記事が少しでもみなさまの理解の一助となれば幸いです。
今回は男性の自殺者数を取り上げましたが、「○○らしさ」にとらわれているのは男性に限った話ではありません。誰しも「○○はこうあるべき」という社会のステレオタイプが無意識のうちに自分の行動や選択肢を狭め、それに苦しんでいる可能性があります。
もし何かしら生活で息苦しさを感じている場合は、まず一度フラットに自分の状態や思考を整理して「何にとらわれているか」を知るのがおすすめです。そこから解決の糸口を探していきましょう。
最後になりますが、もし今、生きているのが辛いと感じている方は、どうかひとりで抱え込まずに周りの人を頼ってみてください。家族や友人ではない「誰か」に話を聞いてもらいたいと思ったときは窓口もあります。
- よりそいホットライン (https://www.since2011.net/yorisoi/)
- 生きづらびっと (https://yorisoi-chat.jp/)
- #いのちSOS (https://www.lifelink.or.jp/inochisos/)
それでは、皆さまが今日という日を健やかに過ごせますように。
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