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 「ウェルテル効果」とは?著名人の自殺の報道が危険な理由

ウェルテル効果とは、「自殺に関する報道が、その後の自殺行動を促してしまう現象」のことで、1774年に出版されたゲーテの「若きウェルテルの悩み」(主人公は最後に自殺をする) に影響を受けた青少年たちがそれと同じ方法で自殺する現象が相次いだという話に由来します。

1974年に社会学者David P. Phillipsの研究で、新聞やテレビで自殺が報道されると、その後に自殺率が上昇するという強い関係が一貫して確認されたことにより実証されました (命名もPhillips)。『若きウェルテルの悩み』が出版されてからちょうど200年後のことでした。

ウェルテル効果の研究論文での実証

ウェルテル効果については、世界中で研究が実施され、多くの研究で自殺報道後の自殺の増加について支持する結果が出ています。

フィリップス氏のテレビの報道と自殺者数の関係の研究(1982年)

1982年に発表されたPhillipsとKenneth A. Bollenの研究では、テレビの夕方のニュース番組で自殺に関する記事が大きく取り上げられた後、米国の1日の自殺者数が有意に増加することが実証されました。自殺の増加が、自殺報道の前ではなく後だけに起こるという最初の証拠を示した研究と言われています。また、その効果は10日ほどで消えることが示唆されました。

Gould氏のメタアナリシス(2001年)

Gould (2001) によると、1990年以前にはウェルテル効果に関する研究は21個公表されており、その多くの研究ではウェルテル効果を指示する結果が得られたと報告しています。

齊尾氏のアノミー的自殺とする仮説(2012年)

齊尾氏 (2012) は、「社会に規範が失われ、よるすべのない個人が有名人に投射していた希望が、その有名人の自殺により断ち切られて、絶望し投げやりになる」といった機序から、消去法でデュルケームの自殺の4分類の中でも「アノミー的自殺*」に該当する、と考えています (*個人と集団の関係とは関係なく、社会的規制が弱い状況で起こる自殺)。

自殺論 デュルケームの『自殺論』をわかりやすく解説!社会学で分析した自殺理論は、現代にも通じるか?

ニーデルクローテンターラー氏によるウェルテル効果のメタアナリシス(2020年)

『Association between suicide reporting in the media and suicide: systematic review and meta-analysis』という論文で2020年にも各国の研究を取りまとめて、メディアによる自殺報道が自殺者数に与える影響を分析した論文が発表されています。本研究では、自殺報道と自殺の関係性について世界中で実施された研究の中から20件の論文を対象に分析し、下記の結論が報告されています。

  • 著名人の自殺報道後1〜2か月に自殺で亡くなる人の数が「13%(8〜18%)」増加していた
  • 著名人の自殺方法が報道されると、同じ方法での自殺が「30%(18〜44%)」増加していた
  • 著名人とは関係ない一般的な自殺報道は、自殺との関連がないように推察された

このように、最初にウェルテル効果が提唱されてから、何度も世界中の研究によって実証されて、ウェルテル効果は実際に自殺を助長してしまう効果を持つだろうと考えられています。

日本で実際に起こったウェルテル効果の事例

悲しいことに、ウェルテル効果は日本でも実際に起こっています。今回はその中から3つ紹介します。

【1】曽根崎心中

1つ目は、曽根崎心中という1703年4月に曾根崎天神の森で起こった心中事件によるものです。この事件は同年5月に近松門左衛門により脚色されて浄瑠璃の演目のひとつになりました。この演目がきっかけで「心中ものブーム」が起こり、現実でも心中が連鎖してしまいました。

【2】1986年のアイドルの自殺報道

2つ目は、1986年に起こったアイドルの方の自殺によるものです。当時のワイドショーや報道番組では大々的にこの報道を行い、特にワイドショーでは遺体、現場、そこに集まり嘆き悲しむファンの姿を延々と映し出していました。その結果、その後2週間で約30名の方が後を追うという現象が起こってしまいました。そしてそのほとんどが未成年で、アイドルの方と同じ方法を用いていたそうです。

【3】2020年の相次ぐ著名人の自殺報道

3つ目は、2020年に起こった俳優の方々の相次ぐ自殺によるものです。このときに自殺したとみられる人の数を分析すると、午後に男優の方の自殺が報じられた翌日の7月19日、そして朝に女優の方の自殺が報道された9月27日にぐんと跳ね上がっていました。また、特に女優の方の自殺後は約10日間にわたって、女性の自殺者数が有意に増加しました。

ウェルテル効果を引き起こさないためにメディアがやるべきこと

WHOの自殺報道ガイドラインにもあるように、自殺対策・自殺予防の観点から、芸能人や社会的な影響力の高い人物の自殺についての報道は控えられるべきだとされています。扇情的な自殺報道は自殺念慮にとらわれている人に強い影響を与え、「後追い自殺」を誘発するとされるためです。

実際に厚生労働省がメディア関係者に向けた「自殺に関する報道にあたってのお願い」として、以下の旨を冒頭に記述しています。

著名人の自殺及びその可能性に触れる報道は、報じ方によっては「子どもや若者、自殺念慮を抱えている人の自殺を誘発する可能性」があります。『自殺報道ガイドライン』を踏まえた報道をお願いいたします。

さらに、同文書では「センセーショナルな自殺報道によるリスク」「自殺関連報道として『やるべきでないこと』」「自殺関連報道として『やるべきこと』」についても説明しています。

センセーショナルな自殺報道によるリスク

  • 自殺リスクの高い人はメディアの自殺報道の後に模倣自殺を起こしてしまう危険性があること。
  • 有名人の自殺や、自らと重ね合わせやすい人(自身と同じ境遇の人など)の自殺は、その危険性が極めて高くなること。
  • 新型コロナウイルス感染症の影響で、健康面だけでなく生活面や仕事面でも不安を抱えている人が多い現状においては、さらに自殺報道の影響が大きくなることが懸念されること

自殺関連報道として「やるべきでないこと」

  • 報道を過度に繰り返さないこと
  • 自殺に用いた手段について明確に表現しないこと
  • 自殺が発生した現場や場所の詳細を伝えないこと
  • センセーショナルな見出しを使わないこと
  • 写真、ビデオ映像、デジタルメディアへのリンクなどは用いないこと

自殺関連報道として「やるべきこと」

  • 有名人の自殺を報道する際には、特に注意すること
  • 支援策や相談先について、正しい情報を提供すること
  • 日常生活のストレス要因または自殺念慮への対処法や支援を受ける方法について報道すること
  • 自殺と自殺対策についての正しい情報を報道すること

また、「やるべきこと」の中でパパゲーノ効果も言及されています。

「困難な状況において助けを求める (前向きな対処をする) 報道記事は自殺への保護因子を強化し、結果として自殺の発生を防ぐだろう」としています。国内でも複数の研究者らが、困難に直面した時に「死ぬ」以外の道を選んだ人の物語や、ストレスへの対処法等について、メディアが積極的に報道することを推奨しています。

このように、ウェルテル効果を引き起こさないためにも「メディアのあり方」が求められていることが分かります。

パパゲーノ効果については、こちらの記事で詳しく解説しています。

パパゲーノ効果とは何のこと?【自殺予防の基礎知識】

報道を見てつらいときは自分を守る選択を

さて今回は「ウェルテル効果」について説明してきましたがいかがでしたでしょうか。この記事が少しでもみなさまの理解の一助となれば幸いです。

筆者自身、芸能人の自殺に関するニュースを見ると無性に悲しくなり、自分のメンタルが不安定になってしまいますし、ひどいときはそのまま鬱期に入ってしまってなかなか抜け出せない、ということも多いです。そんなときはニュースを見ずにただぼーっとしたり好きな動画を観たりして心を落ち着かせるようにしています。みなさんも「ちょっとしんどいかも」と思ったらまずは自分をいたわってあげてください。

最後になりますが、もし今、生きているのが辛いと感じている方は、どうか1人で抱え込まずに周りの人を頼ってみてください。家族や友人ではない「誰か」に話を聞いてもらいたいと思ったときは窓口もあります。

それでは、皆さまが今日という日を健やかに過ごせますように。

@yasumasa1995 ♬ Japanese style healing Hip Hop Night Routine(857843) – SK MUSIC
やすまさ
やすまさ

TikTokでも「ウェルテル効果」について解説したショートムービーを配信しています!

<参考資料>

・坂本真士、影山隆之「報道が自殺行動に及ぼす影響:その展望と考察」(2005)

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kokoronokenkou1986/20/2/20_2_62/_pdf

・MADELYN S. GOULD, “Suicide and the Media”,  ANNALS NEW YORK ACADEMY OF SCIENCES, Columbia University, 2001, pp. 200-224.

http://www.columbia.edu/itc/hs/medical/bioethics/nyspi/material/SuicideAndTheMedia.pdf

・Kenneth A. Bollen., David P. Phillips., “Imitative suicides: a national study of the effects of television news stories”, American Socological Review, Dec;47(6) (1982), pp. 802-809.

https://www.jstor.org/stable/2095217

・齊尾武郎「Werther効果とPapageno効果:自殺予防におけるマスメディアの功罪について」(2012)

http://cont.o.oo7.jp/40_1/p215-20.pdf

・ブリタニカ国際大百科事典「曽根崎心中」

https://kotobank.jp/word/%E6%9B%BE%E6%A0%B9%E5%B4%8E%E5%BF%83%E4%B8%AD-90252

・高橋祥友「自殺者3万人時代の日本」(2009)

https://imidas.jp/jijikaitai/f-40-059-09-06-267

・厚生労働省「著名人の自殺に関する報道にあたってのお願い (令和3年12月19日)」

https://www.mhlw.go.jp/content/000869139.pdf