トヨタ自動車の社員が2010年に自殺した問題について、会社を遺族が提訴していた件が2022年1月27日に和解成立。ニュースになった。
この記事に対して、こんな心無いコメントが。
どんなに辛かろうが家族を置いて逃げた奴に同情する気にはならんな!
こういう考え方の人が多いから、日本企業にはパワハラや長時間労働が絶えないのだろうなと思いつつ、「自殺=逃げ」だと思ってる人は意外と多いのかもしれない。
このコメントを見て、とても悲しくなりました。
「自殺=自己責任」という誤解が多いんだろうと思います。
自殺が自己責任ではない理由を解説していきます。
自殺を「逃げ」だと思いたくなる理由
なぜ自殺は逃げだと考えてしまうのか。
それは、「死ぬほど辛くても、生きてる自分を肯定したいから」だと思う。
死にたいほど辛くても、泥吸って、借金して、小銭かき集めて、頭下げて。死にたい気持ちも我慢して。弱音も吐けず身を削って頑張ってきたんだろう。
だから、そんな自分を自己肯定するために、我慢せず死んだ人を許せない。
自殺を肯定したら、必死に生きてる自分がバカみたいだから。
実際、自殺対策に対する支払意思能力の調査で、「1人の自殺死亡の予防に投入して良いと考える税金の額は事故等の死亡に比べて10 倍程度低い」ということがわかっている。
自殺対策をもとにした VSL(Value of Statistic Life)の値は他の死亡対策をもとにして推計されたそれよりもはるかに低い。国内で行われた VSLの推計を総覧すると、自殺対策を元にしたVSLが2000~3000万円であるのに対して、事故死亡を元にしたVSLは数億円である 。
つまり、人びとが一人の統計的自殺死亡の予防に対して投入して良いと考える税金の額は、事故等の他の形式の統計的死亡に比べて10倍程度低いということである。
(出所:末木新『自殺の予防と心理学 ―展望とその課題―』)
交通事故で死ぬことは自分事として考えられるけど、自殺で死ぬことは「メンタルが弱い人たちの問題で自分が関わる問題ではない」と考えているのかもしれないですね。
自殺は「逃げ」なのか?
ほとんどの場合、自殺は逃げではない。
むしろ、自殺を逃げだと思うことこそが、問題の要因を個人に帰結させて思考停止する逃げだと思う。
本人が「死のう」「逃げよう」と意図して実行しているというよりは、衝動的に湧き上がった希死念慮で死に至ってしまっていると表現したた方が実情に近い。心理学的剖検という自死の直前の状況を調査する研究により、自殺の直前は90%以上の人がうつ病など何らかの精神疾患の診断がつく状態だったことがわかっている。
自殺が、ある日突然起こることはまずない。傍から見ると突然に見えるような自殺でも、その人 なりのプロセスが進行して自殺に至る。そして、自殺時には、約 90%の人が何らかの精神科診断がつく状態であったことがよく知られている。
(出所:張 賢徳『精神医療と自殺対策』)
死ぬことを理性的に決意して自殺している人はほとんどいない。
むしろ、うつ病などの精神疾患の症状の一環と捉えた方が適切だと言える。
新型コロナウイルスに感染した個人が責められて、差別的な扱いを受けたりしていたのも、自殺を自己責任だと思いがちな心理と似ているかもしれません。
肺がんで死んだ愛煙家は自己責任か?
僕の祖父は肺がんで亡くなった。タバコが好きで、咳をしながら毎日吸って。長年の喫煙が起因して肺がんを発症したのだろうと思う。
病院に行った時には、既に「余命3ヶ月」と言われる状態だった。
肺がんで死んだ愛煙家は、自己責任だろうか?
人によっては自己責任と感じるかもしれないが、様々な要因が絡み合って病気は発症する。遺伝的な要因や職業的な要因もあるし、喫煙していたことの背景には、心理社会的な要因もある。誰か一人のせいということはあり得ない。
自殺も同様で、男女問題、経済的な問題、健康問題、家庭問題、勤務問題、学校問題など複合的な原因が絡み合って起きている。
本質的には、肺がんでの死亡も、自殺での死亡も、「自分のせい」だけではなくて、社会環境の諸問題の積み重ねに関して、他の人にも再現しうる大きな問題が潜んでいることの方が多い。
社会環境にある問題をどう解くか
合理的に考えれば、交通事故で死ぬのも、肺がんで死ぬのも、自殺で死ぬのも、自己責任だけでは語れない事象であることは自明だと思う。
個人的な要因と社会的な要因とが複雑に入り混じる中で亡くなって、悲しみが生まれる。その悲しみを少しでも再生産しないために、できることをする。それだけのこと。
もちろん、自助(自己責任)としてできることもたくさんあるけど。そこで思考停止せず社会環境にある問題をどう解決できるのかを建設的に考えていきたい。
交通事故で死ぬことは自分事末木先生の『自殺学入門』は自殺に関して何がわかっていて、何がわかっていないのか、とてもわかりやすく解説されている本です。入門編としておすすめの1冊です。