日本の自殺相談窓口として最も有名な窓口の1つである「いのちの電話」。
その起源や運営体制と、現在の課題をまとめてご紹介します。
日本いのちの電話とは
「いのちの電話」とは無償のボランティアスタッフによって行われている、自殺の相談窓口です。一般社団法人日本いのちの電話連盟によって運営されています。
いのちの電話の起源
いのちの電話の起源は、1953年にイギリスのロンドンで始まった自殺予防のための匿名電話相談です。イギリス正教会の牧師だったチヤド・バラ氏が、当時のイギリスでは犯罪と見なされていた「自殺」を語ることができる唯一の場として、「サマリタンズ」という市民活動の一環として始まったものです。
その後、全世界に自殺の匿名電話相談は広がっていきました。
日本では、ドイツ人宣教師のルツ・ヘットカンプ氏がボランティア組織を結成し、1971年10月に東京で匿名電話相談事業「いのちの電話」が始まりました。
1977年に、各センターの運営を支援する日本いのちの電話連盟が発足。2009年10月1日に一般社団法人の法人格を取得し、現在の「一般社団法人日本いのちの電話連盟」となっています。
いのちの電話の事業所数
いのちの電話は全国に事業所があります。2020年時点で連盟加盟センターは50センターです。
センターごとに電話番号と受付時間が異なるのが特徴です。
24時間対応の窓口もあれば、「9:00~15:30」や「18:00~23:00」など、利用可能な時間帯が限られている窓口もあります。
死にたいという気持ち(希死念慮)は、夜中に高まることが多いです。昼間は会社や学校に行っている場合や家族が周囲にいますが、夜、部屋で一人になって自殺願望が大きくなり、自殺の危険が高まります。また、月曜日に仕事に行く前に自殺してしまう方が多いというデータもあります。
そのため、いのちの電話は夜中や週末もなるべく相談対応時間にするように各センターが運営されています。
いのちの電話のボランティアの人数
いのちの電話のホームページによると、いのちの電話のボランティアスタッフの人数は約6,000名です。
責任もある大変な仕事ながら、相談員は報酬のない無償のボランティアスタッフで構成されています。
医療従事者やメンタルヘルスに関心のある方、主婦、定年退職した方、企業に勤めながらの人などが、まるで家族や友人のように身近な存在として寄り添って話を傾聴しています。
いのちの電話の相談件数
いのちの電話の相談件数は、年間60万件ほどです。
あまりイメージが湧きにくいかもしれないですが、1日あたり1,600件以上も「死ぬほどつらい」「誰にも相談できない悩みを聞いてほしい」という相談がいのちの電話に寄せられているということです。
- 2020年1月〜12月:528,105件
- 2019年1月〜12月:620,367件
- 2018年1月〜12月:636,288件
- 2017年1月〜12月:660,791件
いのちの電話にはどんな相談内容が多いのか?
日本いのちの電話には、死にたいと思うほど辛い気持ちを抱えている方が電話をかけてきます。
2020年1月〜12月の520,754件の電話相談のうち、自殺傾向のあるものは11.4%にあたる59181件でした。これを多いと感じるか少ないと感じるかは人によるかと思いますが、年間6万人もの方が仕事や人間関係がうまくいかない、生活に困窮している、事業で失敗した、いじめにあったなど、命を絶つしかないといった考えに至りそうで、でもその前に助けを求めたいと最後の頼みの綱として、いのちの電話を使っているということです。
誰かに思いの丈を聞いてもらうだけでも、気持ちが和らいだり、少し周囲が見えるようになったり、自殺を思いとどまる人は少なくありません。死にたいと感じている人は、生きたいという気持ちと死にたいほどに辛い気持ちで揺れているのです。悩みに寄り添いながら話を聞くことで、自殺の予防を目指しています。
いのちの電話は電話以外のインターネット相談もしている?
日本いのちの電話は名称にあるように電話相談が基本ですが、2016年10月からインターネットによるメール形式の相談も提供しています。しかし、マイページ登録制による最大3回までやりとりできるもので、使いやすさに課題があります。
2020 年は盛岡、秋田、仙台、新潟、栃木、埼玉、東京、川崎、静岡、浜松、愛知、奈良、愛媛、福岡、熊本の15センターと日本いのちの電話連盟の16拠点でインターネット相談活動を提供。
インターネット相談の利用件数は2020年で年間1,579件と多くありません。
年代別相談件数を見ると、20代、30代の利用者数の比率が多いことがわかります。
いのちの電話の外国語対応
いのちの電話は基本的に日本語が使える方への窓口です。
しかし、一部の窓口は英語やスペイン語、ポルトガル語に対応しています。
東京英語いのちの電話が英語に対応しています。ポルトガル語には、神奈川県の横浜いのちの電話と静岡県の浜松いのちの電話が対応しています。また、神奈川県の「横浜いのちの電話」だけスペイン語に対応しています。
英語に対応している「いのちの電話」の相談窓口
都道府県 | センター名 | 電話番号 | 受付時間 |
東京都 | 東京英語いのちの電話 | 03-5774-0992 | 9:00~23:00 |
ポルトガル語に対応している「いのちの電話」の相談窓口
都道府県 | センター名 | 電話番号 | 受付時間 |
神奈川県 | 横浜いのちの電話 | 0120-66-2488 | 水:10:00~21:00 金:19:00~21:00 土:12:00~21:00 |
静岡県 | 浜松いのちの電話 | 053-473-6222 | 金:19:30~21:30 |
スペイン語に対応している「いのちの電話」の相談窓口
都道府県 | センター名 | 電話番号 | 受付時間 |
神奈川県 | 横浜いのちの電話 | 0120-66-2477 | 水:10:00~21:00 金:19:00~21:00 土:12:00~21:00 |
横浜いのちの電話は、ポルトガル語とスペイン語で電話番号が異なるため注意してください。
いのちの電話のボランティア相談員になるには?
相談員は無償のボランティアですが、自殺リスクの伴う難しい相談で責任も重い仕事です。
そのため、相談員になるには1年間の養成コース研修を受講して、認定を受ける必要があります。
例えば、横浜医のちの電話のボランティア相談員の応募資格は以下の通りです。
・年令が23歳以上の人(2022年3月31日現在)
・横浜いのちの電話の活動と基本理念に賛同し、積極的に参加できる人
・1年間の養成コースに参加できる人(週1回2時間及び宿泊研修2回)
・電話相談員ボランティアとして無料奉仕できる人(交通費も自己負担)
・24時間年中無休の電話相談において、原則として月2回の担当ができる人
いのちの電話のボランティア相談員になるのは、相当ハードルが高いことがわかるかと思います。
交通費も研修費も自分で負担して、1年間の養成コース全課程を受講し、それぞれの研修課題を達成し修了してようやく電話相談員ボランティアとして認定されて仕事ができます。
実際に、熊本いのちの電話の相談員向け説明会に参加した際のレポートは以下の記事にまとめています。
熊本いのちの電話の相談員研修事前説明会に参加してきた僕自身も、いのちの電話の相談員に応募することを検討したことが何度かあります。
しかし、現場に行く手間を考えると経済的、時間的余裕が相当ないと厳しいため断念しています。
いのちの電話の年間支出と財源
日本いのちの電話連盟は全国に50あるセンターと連携しながら、電話相談事業、インターネット相談事業に加え、自死遺族支援事業も実施しています。
例えば、社会福祉法人いのちの電話(東京いのちの電話)の事業報告書によると、収入源は「団体からの賛助寄付」「個人からの賛助寄付」「東京都電話事業補助金」が多いようです。
経常収入37,178,992円のうち、87.9%にあたる32,685,204円を団体と個人からの賛助寄付が占めていることになります。
信頼ある相談事業を行うための研修事業や広報啓発事業なども実施しており、日本いのちの電話の運営には年間9,000万円ほど費用がかかっています。
全国約6,000人の相談員と事務局員、研修をはじめとする運営のサポートを担う日本のいのちの電話連盟と無償ボランティアの善意、理念に共感する団体と個人の寄付によって、事業はどうにか維持されている状態です。
企業のメンタルヘルス対策にも「いのちの電話」は活用できる?
企業や健保ではメンタルヘルスの窓口として、産業医や心理カウンセラーなどを配置したり、顧問弁護士や提携の法律事務所にセクハラやパワハラなどの問題を相談したり、内部告発を通報できる外部窓口を設けていることが多いです。
しかしながら、企業内で人事部や保健師・産業医に相談したり、企業が契約する外部窓口サービスに相談することで、自分の悩みが上司などに報告され、不利な状態に追い込まれるのではないか、解雇されるのではないかという不安から、実際には使えない人が少なくありません。また、死にたいほど辛い原因が仕事や職場での人間関係であることもあります。
そのため、企業と利害関係のない立場である非営利組織の窓口だからこそ、本当に困った時に電話をかけることができる側面があると思います。
企業のメンタルヘルス対策として自殺リスクの高い方へ産業保健職から紹介するることもありますし、鉄道会社のポスターなどで広く市民に認知拡大し、何かあったら相談できる頼みの綱として活用しうるでしょう。
いのちの電話はフリーダイヤルで無料相談もできる?
電話には通常、通話料金がかかりますが、いのちの電話はフリーダイヤルの窓口も提供しています。
毎日16:00~21:00に「0120-783-556」のフリーダイヤルにて無料の電話相談ができるようになっています。
また、毎月10日のみ、8:00 から翌11日8:00まで利用可能です。
いのちの電話の課題
日本の自殺対策・自殺予防において、非常に大きな役割を果たしている「いのちの電話」ですが、課題もいくつか指摘されています。
いざという時に電話しても繋がらない
いのちの電話の課題として最もよく言われるのが応答率の低さです。いざという時に電話をしても、繋がらないのです。改善しているものの、応答率は30%ほどと言われています。10回かけて、2,3回繋がるということです。
僕も、死にたいという相談を友人から受けた時に、相談窓口としていのちの電話を紹介して繋がらなかった経験があります。
深夜23時過ぎだったため、どの窓口も繋がらず、その時は自分でLINEと電話で話を聴くことにしました。
イタズラ電話が非常に多い
応答率の低さにも関連しますが、いのちの電話にはイタズラ電話が多いということも知られています。
電話番号を一般に公開しているため、卑猥な言葉を言うだけのあからさまなイタズラ電話もあり、相談員にとっては大きな心理的負担となっています。
そういった番号はブラックリスト化して受電しないような仕組みを整えています。
リスティング広告などで相談窓口を提示するNPO法人OVAさんの活動は、相談窓口を一般公開しない形をとることで相談がどれくらい来るのか?をある程度コントロールすることで、来た相談に応答できるサービスを提供している団体もあります。
若者にとって使いにくい
相談方法が電話であることや、インターネット相談事業もメール形式でLINEやTwitter、TikTokやYouTubeを使い慣れている若者にとっては非常に使い勝手が悪いUIUXであること、相談員に高齢の方が多いことなど、若者にとって使いにくい窓口となってしまっていると言われています。
日本いのちの電話が非営利組織だからできること
いのちの電話について、設立経緯や運営体制、収支構造や課題についてまとめました。総じて、非営利組織だからこそできる役割を拡大し日本の自殺予防に多大な貢献をしている組織だと感じました。
日本いのちの電話が非営利組織である強み
- 利害なく困った人が余計な躊躇をせずに相談することができる
- 非営利組織であることで無償ボランティアを採用しやすい
- 非営利組織であることで補助金や税制のメリットを受けられる
- 匿名性で1回限りの相談という当初からのコンセプトを一貫して提供できている
日本いのちの電話が非営利組織であることによる弱み
- 収入のほとんどを「寄付」に依存している
- メール形式のインターネット相談のように、最新の技術を使いこなせずDXを推進できていないことで非効率な業務のままになりがちである(イノベーションのジレンマ)
- 非専門家であるボランティアに依存している
- 1回の相談を受けるのみで、その後のケースマネジメントは行わない(ex.家の近くの支援機関と繋ぐ)
- ボランティア相談員になるには経済的・時間的な余裕が必要で、若手の相談員がどうしても増えにくい
新しい技術とビジネスモデルを仮説検証する必要性
日本いのちの電話だけで全ての問題を解決するのは難しいです。たくさんのNPO法人や医療機関、地方自治体が連携した上で、営利組織が得意な部分は、市場の力を生かして新しい技術やビジネスモデルを仮説検証し、役割分担をしていくべきです。
いのちの電話が非営利組織であることによる弱みや現状の課題に対して貢献できる民間ビジネスが生まれてくることが望まれていると思います。
熊本いのちの電話の相談員研修事前説明会に参加してきた いのちの電話の「繋がらない問題」をDAOで解決できないか?【いのちの電話DAO検討会】 自殺対策・自殺予防に取り組むNPO法人と一般社団法人11選 自殺は「逃げ」なのか?自殺が自己責任ではない理由