“ヤングケアラー”という言葉を聞いたことはありますか。
テレビや新聞などのメディアで取り上げられることが増えてきているので、耳にしたことがある方も増えてきているかもしれません。公認心理師のなつき先生に、「ヤングケアラー」についてわかりやすく解説していただきます。
公認心理師として、認知症の患者さんやヤングケアラーと臨床現場で向き合ってきた経験を踏まえて、「ヤングケアラー」についてわかりやすく解説していきます!
診療報酬にもなると最近ニュースになっていましたよね。
ぜひ教えてください!
まずはヤングケアラーとは何か、言葉の定義と具体的な事例を解説します。
「ヤングケアラー」とは?
ヤングケアラーの定義
「ヤングケアラー」という言葉について、日本の法律では特に定義されておりません。
厚生労働省は「ヤングケアラー」の定義として「家族にケアを要する人がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家族や家事の世話、介護、感情面などのサポートを行っている18歳未満の子どもたち」のことだと定義しています。
・18歳未満の子ども
・家族の世話(ケア)をしている
イギリスやアメリカでは「18歳未満」と定義されていますが、オーストラリアでは「25歳未満」となっています。
また、イギリス、オーストラリアでは法律で規定されていますが、アメリカやカナダなどは規定していません。
国名 | ヤングケアラーの定義 | 法律 |
---|---|---|
イギリス | 他の人のためにケアを提供している、または提供しようとしている18歳未満の者。 ただし、ケアが契約に基づく場合、ボランティア活動として行われる場合は除く。 | 「子どもと家族に関する法律」 「ケア法」 |
オーストラリア | 病気や障害、精神疾患あるいはアルコールやドラッグなどの依存症を抱える家族やパートナー、兄弟、親せきや友達をケアしている25歳以下の若者。 | 「ケアラー貢献認識法」 |
アメリカ | 精神的、身体的疾患や高齢、障害、何らかの依存症などにより助けを必要とする家族や親せきに多くの支援をしている18歳未満の子ども。 | 規定なし |
カナダ | 定義なし | 規定なし |
国によって、「ヤングケアラー」という言葉の定義は少しずつ異なります。
オーストラリアは「25歳以下」というのが興味深いですね。
なんでなんだろう?
ヤングケアラーがしている「家族のケア」の具体例
具体的にヤングケアラーが家族のケアとしてどんなことをしているのかは、一般社団法人日本ケアラー連盟がわかりやすい図でまとめています。厚生労働省もホームページでこちらの図を参照しています。
障害や病気のある家族に代わり、買い物、料理、洗濯などの家事をしている
家族に代わり、幼い兄弟の世話をしている
障害や病気のある兄弟の世話や見守りをしている
目が離せない家族の見守りや声かけなどの気づかいをしている
日本語が第一言語でない家族や障害のある家族のために通訳をしている
家計を支えるために労働をして、障害や病気のある家族を助けている
アルコール・薬物・ギャンブル問題を抱える家族に対応している
がん・難病・精神疾患など慢性的な病気の家族の看病をしている
障害や病気のある家族の身の回りの世話をしている
障害や病気のある家族の入浴やトイレの介助をしている
こうしてあげてみると、欠かすことのできない家族の役割を担っていて、大変な思いをしている人、という風に感じるかもしれません。
家族のケアをするということは大人でもとても大変なことなので、子どもにとってはそれ以上に大変なことでしょう。
公認心理師として対応したヤングケアラーの事例
実際に臨床の現場でもヤングケアラーの対応をすることはあります。
個人情報保護のため、複数の事例を混ぜ合わせて作成した架空の事例を2つご紹介します。
【ヤングケアラーの臨床事例1】中学3年生の男子Aさん
中学3年生男子A。「父」「母」「姉」「弟」と5人暮らし。
姉は成人しているが躁うつ病の診断があり、調子に波がある。調子がいいときは穏やかだが、調子が悪いと深夜でもパニックを起こして「もう死んでやる」と泣いて騒ぐことがある。
もう死んでやる。
そのときはAが母と一緒に姉をなだめるなどして対応していた。そのため、十分な睡眠時間が取れず、寝不足が続いて学校の授業で居眠りをしてしまうことがある。
担任の先生からは「受験生なのに勉強に身が入っていない」としばしば苦言を呈される。
父は姉に対して「病気なのは自分に対して甘いからだ」と厳しくあたり、姉との折り合いが悪い。
病気なのは自分に甘いからだ!
うるさい!
父と姉が二人きりになってしまうと大喧嘩に発展することがあるため、なるべく父と姉が二人きりにならないように、Aが家の中で空気をよんで明るくふるまっている。
母は、父には姉にもう少し優しく接してほしいと思っているが、父にはっきりと伝えることができない。
弟は姉のことを怖がっており、家の中では緊張している。
Aはそんな弟を気の毒に思い、弟にストレスが溜まらないように気を配っている。
姉の通院や家での対応、自分の仕事に追われている母に少しでも楽をしてほしいと、洗濯や夕飯の準備など、Aが母の代わりにできる家事は行っている。
吹奏楽部に所属していたが、家事を優先しているうちに休みがちとなり、いつのまにか幽霊部員となっている。
姉は安定して働くことができず、ほとんど自宅ですごしている。時々姉は親に黙って買い物で散在してしまうため、そのことでも父とのケンカが絶えない。
Aには小学生の頃から憧れている公立高校があるが、成績が伸びず、悩んでいる。経済的に私立の受験は難しいため、受験に落ちるわけにはいかず、プレッシャーを感じている。成績が伸びない焦りがあるが、勉強のための自分の時間をなかなかとることができない。自分の受験の話は母の心労を増やしてしまうのではないかという心配もあり、親に相談できないでいる。
授業中も居眠りしていて、受験生なのに勉強に身が入ってないじゃないか!
夜更かしたい気持ちもわかるが、ちゃんと勉強に集中しないと、合格できないぞ。
すみません。
(親にも相談できないし、勉強もついていけなくて先生にも怒られるし。どうしよう・・・。)
【ヤングケアラーの臨床事例2】30歳の女性Bさん
30歳女性B。現在一人暮らし。
小学生の頃、認知症だった父方の祖母の介護を母としていた。
父は仕事のため家を空けることが多く、介護の負担の多くを母が担っていた。
母は日中にパート勤務もあり、介護と仕事、家事を担うことにストレスを感じており、母の愚痴を聞くのもBの役割であった。
お父さんの母親なのに、なんの手伝いもしないのね。
こっちはパートも家事もあるのに。
うんうん。そうだね。
B自身も、夜間に起きて外に出ていこうとする祖母を引き留める、徘徊する祖母を探すなど体力的・精神的にも負担を感じていた。祖母のデイサービスのお迎えのため夕方は自宅におらねばならず、友達と遊べず、寂しい思いをすることもあった。
母が仕事の日は祖母と二人きりで夜まで過ごさねばならず、気が休まらない。
Bが中学二年生のとき、祖母が亡くなった。
丁度その頃、父の仕事も落ち着き、自宅で過ごす時間は増えた。
しかし、「介護をしたことになんの労いもない」と母は父に不満を募らせており、家の中はぎくしゃくした空気であった。Bは大学進学を機に一人暮らしを開始した。実家のぎくしゃくした雰囲気が憂鬱でほとんど帰省していない。
「家族」というものによいイメージを抱けず、自分が家庭をもつことができるのか不安を抱えている。
親と仲の良い友人をみると引け目を感じ、自分自身にも自信を持つことができず、漠然とした孤独感が募っている。
最後に実家に帰ってから、もう5年かぁ。
結婚したいけど、良い家庭になる自信が持てないなぁ・・・。
「ヤングケアラーの症例は対応したことがない」という専門家の話を聞くこともあります。
しかし、気づいていないだけで背後にはヤングケアラーが隠れていた事例も少なくありません。
認知症や精神疾患の方を支える家族にも目を向ける姿勢が大切です。
「ヤングケアラー」の具体的なイメージがあまり持ててなかったのですが、
『Nのために』というドラマの主人公がまさにヤングケアラーだったんだなと思いました。
ヤングケアラーはとても身近な問題
ヤングケアラーというと、自分には関係のない問題だと感じる人もいるかもしれません。
ですが、実はあなたの身近でも起きている問題だということがわかっています。
中学生の17人に1人がヤングケアラーである
令和3年3月に発表された厚生労働省・文部科学省によるヤングケアラーの実態調査によると、中高生の約17人に1人が、高校生の約24人に1人がヤングケアラーであることが明らかになっています。
ヤングケアラーは30人のクラスに1人か2人はいるということになります。
ヤングケアラー問題は、すごく珍しい子どもの問題ではなく、あなたの周りでも起こっている問題なのです。
子どもの頃を思い出してみてください。
自分のことよりも家のことを優先している友達や同級生がいませんでしたか?
確かに、いつも自分でお弁当を作っている子とか、イベント事の時に親がいつも来なくて1人で帰っている子とか僕のクラスメートでもいました。
中学生の「17人に1人」って、本当に身近な問題なんですね。
子どもの頃は気にしていなくても、今振り返ってみると、「もしかしたら」と思う友達が浮かぶ方もいるのではないでしょうか。
・弟や妹の面倒をいつも見ている子
・認知症の祖父母がいるご家庭で、親と一緒にその介護をしている子
・家の都合で学校に毎日通えなかったり、行事に参加できなかったりした子
「自分はヤングケアラーだった」と大人になって気づく人も
大人になってから「自分自身がヤングケアラーだった」と気づく方もいます。
大人になると、様々な身体障害や精神疾患が存在すること、それぞれ家の事情があることを学んでいきます。そのため、冷静に自分の状況が大変だと理解したり、必要な支援機関を調べたり、友達や専門家に相談するという問題解決のための行動を取ることがしやすいです。
ですが、子どもは「身体疾患」「精神疾患」「認知症」「依存症」というものがどういうものか、そしてどんな配慮やケアが必要なものなのかを、想像することは難しいでしょう。自分がヤングケアラーであることも自覚するのは困難です。
そのため、周囲からは把握されていないヤングケアラーもたくさんいると考えられます。
ヤングケアラーが抱える5つの問題
ヤングケアラーは、18歳未満で家族のケアをしている子どもです。大変そうな境遇だということは容易に想像できるかと思いますが、具体的にどのような問題を抱えているのでしょうか。
ヤングケアラーの代表的な5つの問題を紹介します。
1.自分自身の心のケア不足
2.勉強や部活動の時間が取れない
3.進学や就職を諦めなければならない
4.必要な支援を求めにくい
5.子どもらしいことができない(アダルトチルドレン)
1.自分自身の心のケア不足
ヤングケアラーは、家族のケアを優先するあまりに、自分自身の心のケアをすることができず、周囲の大人にも頼れない状況が続きやすいです。
周りの友達と自分の違いをなんとなく感じ取り、周囲に自分の置かれている状況や気持ちをうまく言葉で説明できず、心の中にどんどん複雑な気持ちを人知れずため込んでしまいます。ため込んだ気持ちを、成長の過程で誰かに話せればよいのですが、そうした機会に恵まれない子も少なくありません。
ヤングケアラーは、日ごろのケアの中で自分を押し殺すことや他人を優先しなくてはいけないという気持ちや、自分のことは誰にも気にかけてもらえない、と感じて「自分を大切にする気持ち」を育てることが難しい状況に置かれやすいのです。ヤングケアラーのメンタルヘルスケアを提供できる社会の仕組みを整える必要があります。
また、「5.子どもらしいことができない(アダルトチルドレン)」でもご紹介していますが、そのまま大人になり、自己肯定感の低さから、大人になっても生きにくさを抱いている方もいます。
ヤングケアラーでメンタル不調かもしれないと思う方がいたら、こちらの堤先生が解説する「声のかけ方」を参考に、ぜひ声をかけてみてください。
2.勉強や部活動の時間が取れない
家族のケアに時間が取られるため、普通の中学生や高校生がやっている勉強や部活動の時間がどうしても取りにくくなってしまいます。
中学2年生のヤングケアラーのうち、1日3〜7時間を家族のケアに費やしている人が「21.9%」、1日7時間以上が「11.6%」にもなります。これだけ家事などに時間を取られていたら、やりたくても勉強や部活を諦めたり、睡眠時間を削って無理して勉強したりすることになりかねません。
3.進学や就職を諦めなければならない
ヤングケアラーは勉強の時間が取れないことに加えて、金銭的にも余裕がない世帯が多いです。
そのため、大学への進学を諦めたり、就職活動を諦めなければならないことがあります。
4.必要な支援を求めにくい
ヤングケアラーは、「本人がヤングケアラーである自覚が持ちにくいこと」と「家庭内の問題を他の人に相談するのが恥ずかしいという考え」が問題を複雑にしています。
ヤングケアラーは「家族を支えるのは自分の役目」と考え、自分自身が支援されるべき境遇にいると自覚しにくいです。「家族なのだから、助けるのが当たり前」という価値観がいつの間にか押しつけられ、「そう思わなくてはいけない」と自分に言い聞かせてしまいます。辛いことや、心の葛藤を誰かに相談することができません。
問題の根本的な解決には、時間的、精神的、経済的な労力を要する状況が多く、複雑に要因が絡まっている場合もあります。当事者であるヤングケアラーだけで解決するのは現実的ではありません。
しかしながら必要な支援を周りに求められないのです。
「サポートしてほしい」と感じても、親から「恥ずかしいからそんなこと言うな」と止められてしまったり、具体的に誰に、何を、どんな風に伝えれば問題が解決するのかをうまく伝えられなかったりと、実際に支援を求めるにはハードルがあります。そして目の前のやらなくてはいけないことに追われているうちに、徐々に孤立してしまいます。
また、周囲も「人の家庭の事情に首をつっこむのは良くない」と言う固定観念があるため、あえてヤングケアラーを遠ざけていたり、人前では毅然と振る舞うため友達や先生には気がつきにくいことも難しいところです。
友達の家の事情、お金の事情などは、大人たちが本人や子どもたちのいないところで話すものであって、「なんとなく触れてはいけない話題」のように感じたこともあるのではないかと思います。
5.子どもらしいことができない(アダルトチルドレン)
家族のケアを責任もってしているため、子どもらしいことがしにくいのもヤングケアラーの特徴です。
家庭内での心的外傷がパーソナリティの発達や生きづらさにつながっている子どもをアダルトチルドレンと言います。1970年代にアメリカで生まれた言葉で、もともとは「Adult Children of Alcoholics(ACoA)」という親がアルコール依存症の子どもという意味で使われていました。
アダルトチルドレンは、親や兄弟の心配ばかりで誰にも甘えることができず、自分の気持ちを抑圧し、自分を責めるような性格になりやすいと言われています。
ヤングケアラーの中は、「家族のケアが大変だと思うこと」自体に、家族に申し訳ないという罪悪感を抱いて、気持ちに蓋をしてしまう子もいます。「家族のことなのだから、あなたが頑張らなくてはいけない」と批判されることを恐れて、正直な気持ちを話せなくなってしまう子もいます。
不安や心細さを抱きやすくなるのがむしろ自然かもしれません。
ヤングケアラーの問題は、子どもの時だけでなく、大人になってからの問題も無視できないことなのです。
ヤングケアラーに対する支援の実態と課題
学校のヤングケアラー支援体制が整っていない
中学校ではヤングケアラーについて「言葉を知っており、学校として意識して対応している」と回答したのが20.2%となっております。逆にいうと、8割の中学校ではヤングケアラーについて特に対応できていないということです。
学校の教員がヤングケアラーについて理解を深めた上で、相談しやすい体制や、ヤングケアラーを早期発見し適切な支援に繋げる仕組みづくりをより進めていく必要があると言えます。
早期発見が難しい
全国の要保護児童対策地域協議会への調査の結果、「ヤングケアラー」を早期発見する上での課題としては以下の2点が2年連続で大きくなっています。
- 家族内のことで問題が表に出にくく、子どもの「ヤングケアラー」としての状況の把握が難しい:77.7%
- ヤングケアラーである子ども自身やその家族が「ヤングケアラー」という問題を認識していない:69.7%
家庭の事情であるため部外者が把握しにくいことと、本人も自覚していなかったり、恥ずかしいから家庭外の人には相談しにくいという構造が早期発見を難しくしていることが伺えます。
「ヤングケアラー」ではなく、1人の子どもとして向き合う
「ヤングケアラー」という言葉がメディアで報じられるようになり、社会的な課題として認知され、診療報酬などの社会システムにも組み込まれ始めています。それ自体はこの問題が解決に向かう大きな一歩となっているでしょう。
ただし、臨床の現場や学校などで1人のヤングケアラーと向かう上で最も大切なのは「まっすぐその子のことを知ること」です。
「ケアをしているから、いい子」「ケアをしているから、大変な子」
そうしたケアありきのフィルターではなく、その子自身と向き合い、その子にはその子の人生があることを肯定し、時にはその事実に気が付かせることではないかと思うのです。
ただ、その子が抱えているものを理解し、それを本来は大人が担うものであり、あなたが一人で抱える必要はないということを伝えること。そして、「あなたにはあなたらしく生きる権利がある」ということを伝えることではないでしょうか。
そして、現実的に家族のケアを可能なものにしていくために、必要な情報が得られる支援へ繋ぎ、継続的に周囲の大人がサポートできる仕組みを整えることが重要です。そのためには、どんな相談窓口があって、どこにどう繋げればいいのかを、周囲の大人が知っていなければなりません。
ヤングケアラーは特別な存在ではなく、とても身近な存在です。大人になった私たちが、これから大人になる子どもたちにできることを一緒に考えていきましょう。
ようやく国もヤングケアラーの支援に動き出しています。
これから大人になる子どもたちにできることを一緒に考えていきましょう。
執筆:公認心理師なつき先生 編集:田中康雅