年収ってそんなに大事?【年収を減らそう】

「35歳になったとき、年収いくら稼いでいたい?」

先輩経営者に問われて、うまく回答できなかった。数千万円〜1億円くらいのコミットメントを求められている空気を感じつつも「うーん、、、」と黙り込んでしまった。

それは27歳で起業した僕の年収が200万円足らずで、目先のことに追われ過ぎて35歳の理想を考える余裕がないのも正直ある。だけど「そもそも年収をあまり重視していない」のも大きい。年収を減らした方がむしろ良い人もいるんじゃないかという気もしている。

ということで「年収もっと減らしていこう」という主張をまとめてみる。

やすまさ
やすまさ

年収いくらになりたいですか?

年収を高めたくなる理由

大半の人は年収を増やすことを必死に追い求めている。その理由は、以下の8つくらいの理由に分かれると思う。

人が年収を高めたくなる理由

①自己成長を実感したい
②努力の対価をもらいたい
③値段が高いものを買いたい
④社会に生み出した付加価値を高めたい
⑤権力や影響力がほしい
⑥自由がほしい/安心したい/FIREしたい ★
⑦難易度が高いパズルを解きたい ★
⑧年収以外に追い求める目標がない

「年収1億円の世界を見てみたい」「有名人と会ってみたい」「上場を経験してみたい」みたいな体験欲が強い人も結構いる。御多分に洩れず自分も8つとも当てはまる節はあるけれど、⑥と⑦が特に強い。

年収が増えたところで、幸せになるかというとそういうわけではない。前野隆史さんが「幸せのメカニズム」で主張している通り、「非地位財」の方が大事。つまり「年収よりも大事なものを、大事にする力」が求められている。だけど、特にやりたいことや目標が見つからず消去法的に年収を増やす同調圧力に従っている⑧の人も意外といる。

最大の敵は、「年収を減らすことが怖い」ということ。損した気持ちになるから。プロスペクト理論の損失回避で、「前職と同じ水準」「前年と同じ水準」で稼ぎたいと思ってしまう。お金はすごく分かりやすい。だから強く囚われる。

地位財と非地位材

  • 【地位財】他者との比較により満足を得るもの。(ex.車、家、ブランド品、貯蓄、年収、役職、SNSのフォロワー数など)
  • 【非地位財】他者との比較とは関係なく満足を得られるもの。(ex.自由、コミュニティへの帰属意識、健康、愛情、良質な環境など)

年収ってそんなに大事?

年収信仰に対して違和感がある僕と似た価値観の若者は増えてきていると思う。かといって、老後2,000万円問題とか増税とかお金の心配はあるし、周り(特に親や上司)はお金をモチベーションにがんばっているし、自分もいつのまにかその考え方に染まっている。

年収信仰に対するアンチテーゼとして、年収はそこまで大事じゃないかもと思える理由を3つ言語化してみる。

【1】年収は少なくても大丈夫

社会人1年目の初任給が確か手取り20万円ちょっとで、貯金ゼロだったので大金を手に入れてすごく嬉しかった。でも喜びも束の間、翌月には世間の平均年収とか会社の賃金テーブルとか色々調べて、「もっと年収上げたいな」という変な焦りを22〜26歳くらいまで強く抱いていた。お金に対する漠然とした不安と、自分の市場価値を上げたい想いがあったのだと思う。

そんな時期も経て、起業して、今は月収16万円で割と幸せに生きている。16万円あれば、生活保護で認められている健康で文化的な最低限度の水準よりも、ちょっと良い暮らしができる。なんならiDeCoとつみたてNISAで積立投資もしている。やりたいことがあって、お金が足りないなら、借りるなり、出資を受けるなり、クラウドファンディングをするなり、資金を集める方法は色々ある。

(最近、通信の専門学校に通うか悩んでて、個人で日本政策金融公庫に教育ローンの審査に出したら100万円が年利1.95%ですぐ通ったので、意外と年収が低くてもお金を借りることはできるみたい)

自分はミニマリストなところがあって、ほぼ物欲がない&節約好き&お酒飲まない前提はあるけど、一般論としても生活コストを下げる選択肢はかなり増えているし、メルカリで買ってメルカリで売れば、少額で欲しいものは使える。意外と年収は少なくても幸せに生きていける人は少なくないと思う。

やすまさ
やすまさ

少し極端な事例ですが「年収90万円で東京ハッピーライフ」という本もあったりします。笑

【2】年収より「資産」が100倍大事

「年収高い人=すごい」と感じる人は多いと思うけど、個人的には自分や他者を判断する材料としてはふさわしくないと思う。むしろ、資産の方が「物語」があってその人をよく表している。年収の大小よりも、資産を適切に管理できる人が強い。

僕の場合は、年収は低いし、貯金額も同年代の稼いでる人と比べたら高くない。マネーフォワードMEをみると、資産の85%は米国株中心の投資信託で、よくいる20代の若者だよねって感じ。ただ決定的に違うのは、1つの企業の大株主であるということ。マネフォには登録してないけど、米国株に投資している金額より、自分の会社に出資している金額の方がはるかに大きい。(時価はなんともいえないし、潰れたら代表として連帯保証に入ってる借金だけが残るが)

「35歳になった時にどんな年収でありたいか?」にはあまり興味がなくて、「35歳になった時にどんな資産をもっていたいか?」が最も本質的で考えていきたい問いだと感じる。つまり、PLではなくBSにこだわりたい。BSにはお金だけでなく、社会的資本(ソーシャルキャピタル)も、健康も含まれる。あと、実は「年収を上げること」よりも「支出を減らすこと」の方が、誰にでもすぐできて、機動力が高く、生きる選択肢を増やしやすい説もあると思う。

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マネーフォワードMEのスクショ。
現預金が雀の涙なので投資信託が85%くらい。

【3】年収を目的にすると虚しくなる

年収が300万円→400万円→500万円とあがり、貯金(資産)が増えていくのが嬉しくて、お金を目的化して生きていた時期があった。実際に毎年の年収を個人目標(KPI)にしていて、30歳までの人生計画みたいなものを作っていた。最速で昇級できるよう努力して、残業代もめちゃめちゃ稼いで、資格手当も取れるだけ取って。副業もやって、投資も学んで。その結果、年収も貯金も増えたけど虚しさだけが深まっていく感覚があって、「楽して稼ぐ」「やりたいことより稼ぎを優先する」ような思考回路になった自分にすごく居心地の悪さを感じた。

やりたくもないのに部長とかマネージャーに昇給してまで年収をあげるとか、残業しまくって割増賃金を稼ぐとか、副業で楽に稼げるけど身をすり減らすようなことをするとか、投機性の高い暗号通貨とか、ギャンブルとか、宝くじに博打するとか。それが好きな人もいるだろうし、やむを得ない事情がある人もいるだろうし、全く否定はしない。ただ「なんとなく年収を増やしたいから」という動機なら、きっと虚しくなるから、一度辞めてみてもいいのではと言いたい。未来のやりたいことのために今を犠牲に我慢してるなら、借金してでも今やった方が良いことも多い。お金が必要になった時に資金調達する方法は色々あるけど、過ぎた時間を買い戻す方法はどこにもない。人生において同じ瞬間は二度とやってこない。心に矛盾を抱え、時には自分や人の心を欺きながらも年収だけを評価軸に突っ走ったことを10年後に後悔してほしくない。

27歳から65歳まで週5日・1日8時間働くとしたら、残された仕事時間は「98,260時間」しかない。

年収を減らそう

年収を減らす最大のメリットは、年収よりも大事な何かを大事にする決断をした自分に自信と責任を持てるようになることだと思う。

もちろん、年収を増やしながらも年収よりも大事なものを大事にできたらそれは最高に幸せなことだと思う。とはいえ現実的にそれができる環境はあまり多くない。「年収or大事にしたい何か」は二元論ではないけれど、どちらの優先度が高いと自分の中で認識するかは理解しておかないと、年収になびくのが人間の本能。この二択に対して、後者を選ぶのは「意志」と「勇気」がいる。

これからの時代に再現性高く幸せに生きていける人は、年収ではなく後者を選べる人だと思う。生活に不自由ない水準の収入さえあれば、それ以上は過度にPLを求めず、生きたい道を自由に生きたらいい。週3勤務で働いて、週4日は好きなことに没頭したっていい。「チーズはどこへ消えた」にあるように、リスクゼロで足元の年収だけを追い求めるより、適切なリスクをとって行動し続ける方が環境の変化が激しい社会では生き残りやすい。「2025年の崖」が目の前にあって、数年後にはDXで自分の仕事が消えることが自明なら、あとはいつ変化する覚悟を決めるかでしかない。

企業に例えるなら、横並びの競争を勝ち抜いて出世する「大企業的な人」でも、博打的な世界との競争に打ち勝ち莫大な利益を生む「ユニコーン企業的な人」でも、身を削って人のために働く清貧思想の「NPO的な人」でもなく、「ゼブラ企業的な人」がもっと増えていいと思う。

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年収ではない、「生きることの定性的な質」を求めている人が強い。売上(年収)は適度な水準で、やりたいことを質高くやり続ける。自分の人生を自らコントロールして、生きる目的と生き方が一致する道を探索していく。

年収を減らしてでも、自分の存在意義(パーパス)を大事にする勇気をもてる人が増えてほしいし、それは個人も企業も同じで、自分もそうありたい。

35歳にどんな自分でありたいか?

以上、「年収を減らそう」というつぶやきでした。

今は今年の抱負とか考える余裕もないくらいに目の前のことに必死なのだけど、35歳のありたい姿を言語化すると「好きな人たちと、意義深い挑戦を続けていたい」に尽きる。成功も失敗もたくさんあるだろうけど、それでいい。メンタルヘルス市場から退場せずに向き合い続けたい。対価は与えるものであって、もらうものではない。お金は持続的な活動の質を高めるためのツールであって、私利私欲を満たすためのツールとしては必要以上に持っていても仕方ない。

具体的には以下のような感じ。定量的じゃないし、冗長だし、変化していくだろうけど。大事なものを大事にして生きていたい。

35歳にどんな自分でありたいか?
・自殺や精神障害に関わる課題と向き合って新しい挑戦を続けていたい
・株式会社パパゲーノの株価/業績はちゃんと持続的に上げて色んな方から応援される存在になっていたい
・子どもの成長と会社の成長の両立を楽しんでいたい
・年収は今のままでいいけど最低限の生活費は資産所得でも賄って時間にゆとりがある状態にはしたい
・子会社や起業家への出資をたくさんしてメンタルヘルス市場に挑む事業開発を再現性高く連続して生み出す仕組みを残していたい
・他領域で活躍している多様な人材をメンタルヘルス市場に呼び込んで一緒に語り合いながら挑戦していたい
・自殺やリカバリー関連の研究で博士号をとっていたい
・精神保健福祉士の資格を取得して時々臨床現場に近い仕事もしていたい
・33〜35歳くらいのタイミングで住む場所は変えたい